三神峯公園 のさくらです。先日、祖母が他界しました。4月25日は祖母の誕生日で、無事に迎える事ができていれば99歳でした。苦しむことなく終わりを迎えたそうです。

私が成人するまで一緒に住んでいましたから、いろんな思い出がありますが、私はとても大事にされていたと思います。
そんな事もあり私は祖母から何か特別に厳しく躾られた事はありませんが、祖母からは 品の良さ というものを言葉ではなく、一緒に生活する事で教えられた事が多かったように思います。
戦争と戦後を経験し、意識がはっきりしないとはいえ今回の震災を経験して祖母はベットの上で何を感じていたのでしょうか。
祖母が宿泊している施設の周りには津波が来ていたのですが、奇跡的に施設の周りには津波が届かず浸水することなく無事でした。
私が震災の翌日に泥だらけの靴下とズボンのままで祖母に会いに行った時は普段は表情を変える事がない祖母が珍しく泣きそうな顔で手をのばしてきたので、しばらく握っていましたが、これからどうなるのか、何も先の事を考える事が出来ず、途方もない気持ちでいたことを覚えています。
それが祖母と最後に過ごした時間でした。

おばあさん、またね。

写真は近所の三神峯公園の桜です。

震災から3週間が経ちました。私事ですが海岸沿いに住む両親は避難して無事でしたが、実家は津波に流されてしまい、両親は実家からあまり離れていない妹夫婦の家で生活しています。

何人かの親戚とはまだ、連絡がとれていない状況で、日が経つにつれ連絡が取れていない友人・知人がいる事を聞かされるようになりました。

この瞬間も自衛隊、ボランティアの方々、県外、海外から瓦礫の撤去やライフラインの復旧の為に自分の生活を差し置いて被災地にて活動されている方々には本当にありがたい事だなという気持ちです。
札幌市の水道局の車や なにわ ナンバーの救急車とか出雲市の災害救助車などを見かける度に、余震が続く被災地での活動をご家族がご心配されているのではないかと思います。

避難所での生活が続いている方もたくさんいらっしゃいますし、被害の大きい実家の近くを車で走ると復興に向けてという言葉はまだ、うまく当てはまらないかもしれません。
それでも両親に会いに行く度に道路から瓦礫が撤去されていたり、水道、電気が使えるようになったりと、少しづつ始っている事を実感します。
仙台市内の中心部ではスーパーに並ばずに買い物が出来るようになりましたし、ガソリンもそんなに並ばずに買える様になりました。

先日、早朝にカラスの声を聞いて、そういえば震災以来カラスの声を聞いていなかったなと思い、カラスが戻ってきたのなら、そろそろ落ち着いてくるのかなと思いました。

上野や隅田川のお花見を自粛しているニュースを見て、そういば桜の季節かと気づかされましたが、静かにしていても桜は咲くのだし、隅田川の近所に住んでいたこともあり、時間帯と節度を守ればと、ちょっと残念な気がするのですが。


この震災で改めて、気づかされた事があります。
みなさんからの心からのお言葉
一人ではない事を知った時
相手を思いやる事
隣り合った人にこんなにも優しくなれる事
電気が使えるようになり、部屋に光がさした時
部屋が温かくなった時
子供たちは不平を言わず、いつも元気だった事
温かい食事を口にした時、そしてコーヒーを2杯つづけて無言で飲んだ時
両親に会った時
歩きつづけて実家の前に立った時
親戚の家で久しぶりにお風呂に入った時
必要なものだけで生活する事
わずかな食事でも充分な事
夕日を窓から眺める事
いつも日が昇る事
改めて感謝の気持ちがどんなものかを知らされました。

すべてが奇跡の連続である事
奇跡の連続が今の積み重ねである事

今、ここにあることに感謝します。
自戒こめて。